朋あり遠方より来る

亦た、楽しからずや

今日の午前中、外来の終わり頃に、私の大学時代からの同級生で、現在は米国テンプル大学外科学講座教授の重村周文先生が、私を尋ねてきてくれました。

 

重村先生はラグビー部で、イケメンの好漢。いつもスマートで、当時珍しかったAudi(たしか、SAABでも来てた?)で颯爽と大学に通っていました。

 

ラグビー部でも活躍した彼は、私と同じ第一外科に入局。当時20名を数えた新入局員の中でも、仕事ができて、イケメンで、優しいという非の打ち所なさで、絶大な人気を博していました。

 

消化器一般外科の修練のあと、大阪急性期総合医療センター(当時は大阪府立病院)の心臓血管外科に進みました。

 

同期としては、てっきり、心臓外科グループに進むのかと思いきや、ちょうど、私が研修をおえた宝塚市立病院呼吸器外科に赴任。私もそれなりにがんばりましたが、私がいたことがなかったことになるぐらい、素晴らしい業績を残されました。

その後、大学の呼吸器外科学教室に帰り、私が、同期の新谷康先生(現 大阪大学呼吸器外科学教授)と1年間担当した病棟係を交代し、脳死移植法下での肺移植が始まった慌ただしいころの大学で一緒に過ごしていました。

そこからの彼は、自分で香港で内視鏡外科の名手といわれた先生に押しかけて修練を積み、その紹介で米国に渡りました。紆余曲折という言葉では足りない局面を乗り越えていったのだと思いますが、今、アメリカで臨床肺移植を担当する教授を51歳という若さで務めています。

 

そんな重村君が、春休みで日本に帰国した際に、当院に立ち寄ってくれました。慌ただしいなかで、しばし話ができましたが、Hottest Issueは何か?と聞くと、After COVID Lung Failureだと。何かと聞くと、いわゆる新型コロナウイルス感染症に感染したあと、Fiblosisが一気に進んだ方が、肺移植のレシピエントになっていると。彼のところでも3例、すでにやっているそうですが、それは、いずれも、コロナ治癒後の方だそうですが、他の大学では、Activeな感染例を、Life saving手術として行っている事例が出てきたそうです。先般の学会でも、そのディスカッションにともに登壇し、議論したと言う話に、今や全く関係なくなった自分でも、何か血が沸く思いがしました。

 

「年間130例ぐらいかな」と、事もなげに現在の肺移植手術に携わる現状を語る様子をまぶしい思いで見つめながら、私には、体験することのできなかった人生を歩んでいる彼に、勇気をもらいました。

昔、中学の漢文の授業で習った、一説を思い出しました。

 

 

子曰、学而時習レ之、不二亦説一乎。有レ朋自二遠方一来、不二亦楽一乎。人不レ知而不レ慍、不二亦君子一乎。

子(し)曰(いわ)く、学びて時にこれを習う、亦(ま)た説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)有(あ)り遠方より来(きた)る、亦た楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦た君子ならずや。

 

訳文

 

孔子(こうし)が言われた。「師の教えてくれたことを学び、いつも繰り返して自分の身につける。なんと喜ばしいことだろう。同じ志をもつ友達が遠くからでもやってきて一緒に学ぶ。なんと楽しいことだろう。たとえこうした生き方を他人がわかってくれなくても、気にかけたりはしない。それこそ君子といえるのではあるまいか。」

 

(三省堂 ことばの壺より)

 

 

偶然ですが、当院には、私と重村先生が手ほどきを受けた松田暉先生が特別顧問でいらっしゃいます。今も、その学びをもとに、毎日を送っています。喜ばしいことだな、ありがたいことだと思います。

 

 

そして、今日は、重村先生が、はるばるアメリカから来てくれて、ともに今の医療のテーマについて話し合い、学びを深める時間を少しでも持てたことは、最高に楽しいことでした。

 

こんな個人的なことを、わざわざ人に伝える私は、まだまだ君子にほど遠いようで、修行しなくちゃと思いました。

 

これからもがんばって! Prof. Shigemura!